産業医科大学

産業医科大学

企業等において労働者の健康管理等を行う産業医の育成と産業医学の振興を目的にした大学です。 産業の発展と活性化を支える意味からも、 21世紀において極めて重要な役割を担っています。産業医科大学は「医学部」と「産業保健学部(産業保健学部は看護学科と環境マネジメント学科)」があります。

詳しい内容は 産業医科大学でご確認ください。

西日本新聞に掲載されました

  1. 育て過労対策「特命講師」−専門分野を横断、本年度から研修

 朝日新聞別刷に掲載されました

  1. めざましく進歩した脳腫瘍の診断と治療法

  2.  『肺がん』進歩する治療の現状

 

 

 

①養成機関−バランス取れた人材育成

東日本大震災から間もない一昨年5月。産業医科大学(北九州市八幡西区)の河野公俊学長は、福島第1原子力発電所の免震重要棟を訪れた。

厚生労働省と経済産業省から過酷な状況下で原発事故の収束にあたる原発作業員の健康管理の依頼が大学にあった。医師である教員を派遣する前に「現場を見ておかなければ」と自ら先遣隊を買って出たからだった。

免震重要棟内は思っていたより薄暗く、白の防護服に身を包んだ大勢の作業員がひしめき合っていた。パイプいすや段ボール、作業台が雑然と並び、作業員は茶色の毛布を敷いただけの床に横たわっていた。食事は栄養補助食品やパック入りご飯、袋入りカレーなど3食ともレトルトだった。

頻発する余震。いつ終わるともしれない作業。先が全く見通せない状況と過酷な環境に、河野学長は強い衝撃を受けた。それと同時に「こんな環境だからこそ、私たちにしかできない仕事がある」と確信したという。

国内で唯一

産業医大は産業医を育成する国内初、唯一の医科大学。3千人以上の卒業生が全国の企業や自治体で活躍している。

産業医は働く人たちの健康診断や疾病の予防に携わる。かつての企業は従業員の健康管理に目が向きにくかった。しかし、過重労働による「過労死」が社会問題になり、最近は職場の人間関係をきっかけにした「職場うつ」といった心の病も増え、産業医の重要性は増している。

「普通の医師は病気になった人を治療するが、産業医は働く人の病気を予防して個人の生活の質と企業の質を維持します。労働者の健康が社会を支えているともいえます」。野村美保総務課長代理は産業医の役割をこう説明する。

産業医には健康管理やメンタルヘルス、職場の安全管理、健康保持増進活動など幅広い知識が求められる。産業医大では一般の医科大学で学ぶ基礎・臨床の医学に加え、健康管理やメンタルヘルス対策などを学ぶ。6年間のうち2年間を実践教育に充て、学生たちは付属病院や実際に現場で働く先輩たちのもとで実習に取り組んでいる。

「産業医は医学にたけているだけでは通用しない。健康診断のデータや働く人たちとのコミュニケーションを通して疾患を見つけ出し、予防に生かす。バランスが取れていないとダメなんです」。河野学長はこう強調する。

医師の使命感

東京電力や事故の収束作業にあたる関連企業の産業医には、産業医大のOBが多い。一昨年5月以降、東日本大震災の被災地に派遣した医師の人数は延べ926人。私立大学では自治医科大学(栃木県下野市)に次ぐ数だ。

産業医大が学内で被災地への派遣を決定すると、第1次派遣隊約20人の募集は一瞬で定員いっぱいとなった。河野学長は「東日本大震災の惨状を見て、医師として何かしたい、何かできないかという思いを、みなが抱いたのでしょう」と振り返る。

ただ、被災地への派遣は危険を伴う任務。若い医師の使命感だけに頼ってゴーサインを出すわけにはいかない。河野学長はそう考え、まず自らが福島第1原発に足を運んだという。

夏は熱中症対策、冬にはインフルエンザなどの感染症対策。福島の現場では、ありとあらゆる観点から健康管理に目を向けなけらばならなかった。水分補給をしやすい作業計画づくりなども産業医の専門性を生かした支援だった。医師たちは過酷な環境の下、ふさぎ込みがちになる作業員の不安や悩みにも耳を傾けた。

幸いにして産業医大が医師派遣を開始してから、熱中症や感染症による死者も出ていない。「あの状況で何も起きなかったのは、医師としてやるべきことをやりきったから」。河野学長はそう自負している。

高齢化が進み、人口が減少する日本。労働者の健康は企業の生産活動を維持し、社会と経済を支える根幹となる。産業医の育成を担う国内唯一の医科大学として、産業医大はどのような人材づくりを目指すのか。研究をどう社会に生かそうとしているのか。その取り組みを探った。

②熱中症予防−現場労働のリスク低減

真っ白な放射線防護服と防護マスク。室内でエアロバイクを漕ぐ男性は顔に汗を噴き出させ、苦しげな表情を浮かべた。

室温や湿度を自由に設定できる産業医科大学・生体情報研究センターの一室。外は真冬だが、ここだけは気温35度、湿度50%。真夏の熱帯夜のようだ。

福島第1原発事故現場の過酷な作業が人体にどのように影響するのか。熟中症研究の第一人者である産業保健管理学研究室、堀江正知教授による実験だ。

結果はある意味、予想通りだった。運動開始後30分で体内の温度は38度を超えた。夏に同じ作業を続ければ、熱中症の作業員が続出する。堀江教授は作業時に体温を下げるため、あらゆる方法を検討した。

「F1レーサーが使用するスーツは体温を低く保てる」と聞けば、すぐに試してみた。だが、30分の作業時間を40分や45分に延長できる程度で、根本的な解決にはつながらない。頭から少量の水をかけ続ける方法も試みたが、効果はなかった。そもそも事故直後の現場では「水があれば原子炉にかけている」とも言われた。

堀江教授は最終的に「対策はない。作業できない」と判断した。福島第1原発では夏の間、熱中症が起きやすいとされる午後2時15時に防護服が必要な作業をストップした。急を要す現場ではあったが、暑さでバタバタと人が倒れる環境に作業員を送り込むことはできなかった。

灼熱の現場

堀江教授は産業医大を卒業後、製鉄会社に入社し産業医になった。溶鉱炉の周辺で作業する従業員たちは高温による健康障害が起きやすい。そうした現場で、いや応なく熱中症に向き合うことになった。

熱中症は温度や湿度が高い状態で体の水分やミネラルが失われたり、体温が異常上昇したりして起こる。堀江教授は論文を探したが、意外にも熱中症予防に関する研究が少ないことに気づいた。現場のマネジャークラスの社員からはよく「この環境なら人間は何分倒れずに働けますか」と尋ねられたが、「個人差です」と答えるしかなかった。

現在の製鉄所の従業員には50〜60代の熟練工が多い。高血圧や糖尿、腎臓などの疾患を抱えながらも、みなプライドを持って仕事をしている。「危ないから仕事を辞めなさいというのなら誰でも言えます。しかし、できるだけ仕事を続けられるよう判断するのが産業医の役割なんです」。堀江教授はこう語る。

健康と職場環境

産業医大に戻ってからはさらに研究に力を入れた。熱中症予防は水分補給と十分な睡眠、休息が重要だ。

しかし、産業医は従業員の健康状態と職場環境のリスクを継続的に見極めていく必要がある。現場で働く人たち、厳しい経営環境に置かれる企業にとって、理論だけの対策は意味をなさない。

堀江教授は、体内温度に近いとされる耳の穴に着目した。耳で体温を測定できれば脳や心臓などの体内温度が把握でき、異常を事前に察知して休憩を取らせれば重症化が防げる。こう考えて現在、「ワイヤレスで持続的に装着できる」「コストが安い」などの条件を満たす体内温度の測定装置の開発を進めている。

また、従業員たちの負担を軽減するため、尿の温度を測定し自動的に健康管理ができる便器の開発にもメーカーと共同で取り組んでいる。

堀江教授は言う。

「熱中症予防は決して最先端の研究ではありませんが、日本の基幹産業でもある製造業の現場では毎年のように死者が出ます。労働者の高齢化が進み、社会に効率化が求められる中、無理して働いている人たちのリスクを管理して守れるのは私たち産業医だけなんです」

 

③研究の事業化−微生物解析で社会に貢献

平成23年6月、海風が吹き付ける宮城県中部の町。がれきが一面を覆う田んぼで、長靴姿の男女2人がしゃがみ込み、スプ―ンで土をすくって容器に詰め込む作業を黙々と続けていた。

《東日本大震災の津波で巻き上げられた海底のヘドロに病原菌が潜んでおり、感染症が広がる恐れがある》。被災地では当時こんな情報が流れ、不安が広がっていた。科学的な裏付けはない。実際はどうなのか。

被災者の健康管理に携わっていた北里大学医学部(神奈川県相模原市)の和田耕治准教授は、出身校の恩師でもある産業医科大学医学部(北九州市八幡西区)の谷口初美教授に感染リスクの評価を求めた。

谷口教授は土壌に含まれる微生物解析の専門家。「産業医大の母」とも呼ばれる存在だ。2人はレンタカーで被災地を走り、土壌サンプルを集めて回った。谷口教授が持参した福岡県の土と比較したところ、大きな違いはなかった。土壌の病原菌で感染症が広がる危険は少ない。「マスクや手洗いなど通常の対策で大丈夫」というのが2人の結論だった。

谷口教授は「被災者に安心してもらえたし、ピンチの時に(教え子が)自分を頼ってくれたのがうれしかった」と振り返る。

遺伝子用いた新解析法

もともと微生物を専門にしていた谷口教授が、土壊などの微生物解析に研究の軸足を移したのにはきっかけがあった。平成11年に福岡県筑紫野市の廃棄物最終処分場で、作業員3人が硫化水素を吸って死亡する事故が起きた。土壌でどういった状況が重なると微生物が高濃度の硫化水素を発生させるのか。原因究明が急がれ、谷口教授にも依頼があったが、そうしたメカニズムの解析を専門で行う機関が当時、国内には少なかった。

「このままでは同じ事故を何度も握り返すことになる」。こう思い全国の廃棄物処分場に足を運んでサンプル収集や調査に明け暮れた。腹まで泥につかったり、不法投棄業者から「写真を撮るな」とすごまれたりしたこともあった。

土壌の解析も、従来の培養法で検出できるのは全体のごくわずかだった。谷口教授は、DNAなどの遺伝子情報をもとに検体に含まれる菌類全体の種類や割合を短時間で判別できる新たな解析法を考案。検査レベルキ護躍的に向上させた。

こうして平成19年10月、学内に「産業医大微生物解析研究開発有限責任事業組合」(sMART-LLP)を設立した。微生物の解析やリスクの評価を事業として請け負うためだ。谷口教授は言う。「研究の成果を論文として公表するだけでなく、社会に役立てるサービスとして直接提供していくことがこれからの大学には求められています」

依頼は数千件

「土地から有毒ガスが発生した」「同じ畑で野菜のできが違うのはなぜか」

組合にはこれまで廃棄物の処理業者や大手ゼネコン、自治体などから、数千件にのぼる土壌解析の依頼が寄せられている。原因菌が分からなかった肺炎や、手荒れを引き起こす皮膚の常在菌なども特定できるようになり、医師からの依頼も増えている。

人間とそれを取り巻く生活環境には数え切れない微生物が存在しており、遺伝子解析が役立つ分野はさらに広がるとみられる。

例えば動物が死んだ場合、厳密な死因の特定が行われることは少ない。鳥インフルエンザのヒトへの感染が懸念される中、子供が接するペットなどに広がる病原菌の感染リスクの測定や評価も不可欠になってくるだろう。

「東日本大震災の被災地を訪れ、組合のニーズはますます高まると確信しました。大学のあらゆる研究はもっと直接的に社会に役立てるし、役立たなければならないと思います」。谷口教授はそう考えている。

④がんの外来化学療法−チーム医療で患者ケア

「次は年明けの1月4日に来てください。採血して白血球を増やす薬を注射します。お正月でも体調に木安を感じたらすぐに電話してくださいね」。町の診療所といった雰囲気で、医師が患者に語りかける。

産業医科大学病院(北九州市八幡西区)の「化学療法センター」は、悪性リンパ腫や大腸がんなど、さまざまながんの化学療法を通院で受けられる施設だ。病気と闘うためそれまでの生活や生霊失ってしまった−そんな医療の反省から生まれた、患者の生活の質(QOL)を維持しようという考え方が基になっている。

がんは昭和56年以降、日本人の死因の1位となって粘り、最近では年間の死因の3分の1を占める。一方で、がんをめぐる化学療法は進歩し続けており、従来は手術を必要としたレベルのがん患者も投薬で治療が司能になっているという。ただ、副作用もある。通院治療で大丈夫なのだろうか。

「厳密にいうと医師の管理下を離れるので、通院のリスクは否定できません。しかし、副作用や患者の不安を細かくケアすることでリスクは低く抑えられます。ですから抗がん剤も入院と同じ強さで使用します」

センター部長の塚田順一准教授はこう説明して付け加えた。

「病気で不安になり体にも負担がかかるときだからこそ、『夜は家でゆっくりしたい』という患者さんの期待は大きいのです」

通院治療、年間1万人

化学療法センターは平成17年に開設された。床はフローリングで広さは小学校の体育館ほど。壁際にベッドが25床あり、机とカルテを収納した棚のある中央がナースステーション。仕切りはなく、患者も看護師らも互いの状況がわかる構造だ。明るくソフトな雰囲気。患者はここに通い、抗がん剤の投与やホルモン療法などの焦孟接を受ける。1日50人年間で延べ約1万人にのぼる。

山口県下関市の福永典子さん(62)は、悪性リンパ腫と昨年9月に診断された。入院を覚悟したが、同センターで説明を受けて通院治療を決意した。現在、抗がん剤の継続投与と診察のため、7〜10日おきに通院する。電車とバスを乗り継いで片道3時間。掛け布団を持ち上げることができないほど体調を崩した時期もあったが、毎日外を出歩き、料理もできる。福永さんは「多少遠くてもここを選んでよかった」と話す。そんな日常の生活が福永さんを支える「力」になっている。

スタッフの高いスキル

通院治療を可能にしているのは医師、薬剤師、看護師らによる「チーム医療」だ。スタッフ18人には、がん薬物療法の専門医2人、がん也孟繊看護認定看護師と、がん専門の薬剤師それぞれ1人が含まれる。医師が診察を終えると、看護師が治療方針を説明、患者の話に耳を傾け疑間に答える。続いて薬剤師は抗がん剤について説明する。「手足がしびれ、シャツのボタンがとめにくくなるかもしれません」などと副作用の可能性や、それを抑える薬があることも伝える。こうしたやりとり、その後の通院時の状況はすべて電子カルテ化。チームや尤の診療科の主治医らと情報共有し、治療を進めていく。チーム医療の必要性は長く指摘されているが、医療における役割や従来の意識が壁になり、実際の広がりは限られている。複数の医師に所見を求めるセカンド・オピニオンという言葉も知られるようになったが、患者が別の医療機関をーから受診するのは負担も大きく難しい。

塚田准教授は言う。

「当センターがチーム医療に取り組めるのは、個女ががんに関するスキルを高めたスタッフがそろっているからです。医師だけに任せるのではなく、例えば患者さんの状況をみて看護師が医師に意見することもできる。技術的には決して最先端ではありませんが、今後の医療のあり方を示す極めて先進的な取り組みだと思っています」

⑤福島原発支援−災害に生かす産業医の目

東日本大震災による福島第一原発事故は世界中に衝撃を与えた。一方で、事故直後も原子炉の冷却作業のため原発に残った約50人の作業員は「フクシマ・フィフティ」と称賛された。だが、震災後、産業医として作業員の健康管理に携わった、産業医科大学産業生態科学研究所の森晃爾教授は、こうした受け止め方に疑間を抱く。「誰かの英雄的犠牲で成り立つ構図はおかしい」−。

“オール産業医大で”

産業医大は、震災から2カ月後の平成23年5月から福島第1原発作業員の支援を本格化させた。周辺の被災者の救急医療や地域医療は他の医科大学でもできる。だが、強い放射線にさらされる作業員の健康管理は、産業医を育成する産業医大にしかできない。これこそが、産業医大の役割だと森教授は確信していた。ただ、支援のきっかけがつかめなかったという。

一般的な大災害の場合、救急医療は各地の自治体や消防などから応援要請と派遣が行われる。今回は原子力災害。平時は事業者である東京電力と関連会社が労働安全衛生法に基づき、作業員の健康管理を担うが、事故の混乱の中、支援の要請先に確たるルートはなく、作業員の健康管理を顧みる余裕もない。

そんなとき、福島第1原発と産業医大を結びつけたのは卒業生のネットワークだった。東京電力をはじめ、日立製作所や東芝など原発事故の収束作業に携わっていた企業の産業医のほか、経済産業省や厚生労働省の職員にも卒業生がいたからだ。現場がどんな支援を求めているのか。森教授は産業医としての冷静な目と、卒業生のネットワークを使い、医師の派遣先や宿舎、食料の確保など目の前に立ちはだかる課題をひとつひとつクリアしていった。こうして経産省から産業医大への「支援要請」を促した。

「混乱の中、本来は押しかけ支援も可能でした。ただ、量期化が見込まれる過酷な現場で、派遣した医師が動きやすく、きらんと仕事ができるようにするには、政府からの『要請』が必要。これができたのは教員や職員、卒業生による.まさに“オール産業医大”の力だったのです」

内部の人間になりきれ

森教授は支援にあたって1つのことを決め、派遣する医師たちに伝えた。それは「中(内部)の人間になりきれ」。現場作業員の側に立てということだった。

過酷な現場状況などを正確に把握し、情報として共有する。特に懸念されていた熱中症は医師が対策を徹底して指示し、個々の作業員に、その通り行動してもらえなければ対策にならない。「大学として行くと、成果を求めて研究データを取りたいとか、そういうことが頭を過ぎる。現場を支援することこそが、産業医大の役割なのですから」

それでも数百社ともいわれる下請け企業が作業員を送り込む現場で、末端まで健康管理を徹底するには大きな困難が伴った。労働安全衛生法に基づけば、作業員の管理はあくまで各企業が行わなければならない。混乱する現場で医師の声が行き届くはずはなかった。森教授は今度は、厚生労働省から各企業に熟中症対策を取るように通達を出すよう働きかけた。スポーツドリンクの携行▽トイレ付きの休憩室の増設▽着脱が簡単な放射線防謹服への転換▽毎朝の健康チェック−。こうした細かな指示は現場の企業や作業員に理解され、1日数千人が働く現場で2回の夏を迎えたが、熱中症の重症例はゼロ。対策の効果は数字で証明された。

災害時の予防医学

東日本大震災では、政府首脳が放射線防護服を着込んで視察に訪れたのに対し、応対した被災者や地方自治体職員は普段着というちぐはぐな場面があった。

政府の防災基本計画でも、災害発生直後の自治体職員や作業員らの健康管理は全く考慮されておらず、ニ次被害の予防医学の視点がない。森教授はこの点に疑間を投げかける。

産業医大では今回の福島支援を通じて得た知見をすべてマニュアル化した。

森教授は言う。

「私たちは、災害時でも労働者を守れることを証明した。今後万一、大災害が起こったら、再び大学を挙げて働く人を支援できる。その準備だけは怠らずにいたい」

⑥専門教育拠点—バックアップ態勢構築へ

「現場に入る前に作業員全員の健康診断をすべきだ。人手が足りないなら私たちがやります」

平成23年夏、福島第1原発の安全について検討する専門家会議で、産業医科大学の森塁爾教授は必死に訴えた。福島第1原発には東京電力の協力企業など、全国から何千人もの作業員が集まっていいる。過酷な現場で仕事に耐えられるかを事前に調べる必要があった。産業医としては当然の見解だったが、関係者の動きは鈍かった。一刻を争う収東作業。健康診断で作業員を選別していては、人手不足に陥る。また、世論は現場を担う企業と作業員に“献身”を求めていた。

森教授は考え方を切り替えた。いきなりすべてを主張するのではなく、現場の警戒心を解き、健康診断ができる状況にもっていく。まずは作業員にチェックリストで疾患の有無を尋ねた。続いて問診票の提出、産業医による簡単な面接へと段階を踏んだ。

「健康の管理は作業の妨害ではなく、円滑に進めるために必要なこと」。こうした取り組みへの理解は徐々に広がり、昨年春から産業医大の医師によって、作業員全員の事前健康診断が行われるようになった。

企業個々の健康管理へ

産業医大による事前の健康診断は、昨年9月に終了した。企業が自前で医師を確保し、健康診質墨癒できる態勢が整ったからだ。森教授はこれを、震災支援の今後を考える上でのモデルケースと捉えている。書糖葉員の健康管理は震災から1年半近く産業医大が直接行ってきた。事故収東作業の拠点になっているJヴィレッジや福島第2原発には、今も医師を交代で派遣している。しかし、いつまでも続けるわけにはいかない。産業医大にも負担は大きく、各企業が自前で産業医と契約し、自ら対策を取るのが本来の姿だからだ。塞泉電力は昨年夏前に「熱中症対策工程表」を作成した。森教授らがアドバイスした対策を、作業に取り入れたものだ。下請け企業なども徐々に自前で産業医を確保し、健康管理を行うようになってきた。森教授は「私たちが徐々に引いて、後方支援に回れるのが理想の形」と話す。

孤独にしない

とはいえ、廃炉も含めてこれから数十年の作業が続くと予想される福島第1原発の現場で、産業医大の力は欠かせない。放射線との戦いは予想しない状況を生み、作業員に未知の影響を与えるかもしれないからだ。

森教授は現在、現場の産業医を支援できる態勢作りを進めている。

産業医大は昨年4月、「放射線健康医学研究室」を設置した。今年4月からは専任教授が配属され、放射線と労働環境の本格的な研究が始まる。延べ1干人近い医師を被災地に派遣した産業医大としての次の役割でもある。もうーつは、森教授がセンター長を務める「産業医実務研修センター」の強化だ。卒、業生ら産業医の研修を担ってきたが、全国の医師会などと連携し、産業医大の専門医を講師として全国に派遣する事業をスタートさせた。産業医は、従業員の健康と企業の管理態勢を任される。しかし、職場環境や企業の経営方針といった条件の中で日々判断を迫られ、孤独になりがちだ。

産業医大が福島第1原発で経験したように、企業には従業員の健康管理の重要性を理解してもらい、現場では末端にまで意識を浸透させ、事故を未然に防ぐ。こうしたマネジメント力が、産業医には求められているのだ。森教授は「産業医の専門的な研修機関は全国でもここだけ。産業保健教育のナショナルセンターにしていきたい」と意気込む。こうした取り組みは、福島原発への息の長い支援、ひいては日本の社会と経済の発展の礎になると信じている。

育て過労対策「特命講師」-専門分野を横断、本年度から研修

過労死や過労自殺が社会問題となる中、北九州市八幡西区の産業医科大は本年度から、最新の医療や労働法制、対策事例の知識を総合的に身に付けた「特命講師」の養成に乗り出している。各分野の専門家だけでは対応できない課題を調整し、労働環境の改善につなげるのが狙い。現在、大手企業の産業医ら35人が研修を受けており、来年1月にも任命される。

産業医大には、2014年に施行された過労死等防止対策推進法の大綱で「産業保健スタッフの人材育成の充実・強化を図る」とする役割が明記された。これを受けて今年4月、学内にストレス関連疾患予防センターを設置。日本産業衛生学会の専門医の資格を持つ産業医を中心に、約30時間の研修を実施している。

研修では、過重労働と循環器、精神疾患との関係や労災認定の状況、対策法令の内容など多面的に学習。今月10日の最後の研修を経て1期生が誕生する。来年度以降も養成を続ける。

来年からは、特命講師による企業関係者向けの講習会などを全国展開する計画だ。センター長の堀江正知教授(産業保健管理学)は「過重労働、過労死対策では医学、法制度、司法判断など多くの分野が関わってくる。幅広い知識を持ち、解決策を現場に提案できるスペシャリストを増やしていきたい」と話す。

センターは尿や唾液といった生体試料を使い、過重労働の程度を推定する研究も進めている。

めざましく進歩した脳腫瘍の診断と治療法

脳神経外科の分野において、診断機器・技術ならびに治療法が目覚ましく進歩している「脳腫瘍」。世界保健機構(WHO)が発行している病理診断の教科書が今年改訂されたことで、臨床の専門医に様々な影響を与えているようです。そこで腫瘍治療において豊富な実績をお持ちの、産業医科大学医学部脳神経外科の西澤茂教授に、最新情報から分野の現状についてお伺いしました。

病理診断の教科書が10年ぶりに改訂

細胞診断から遺伝子診断の時代へ

脳腫瘍の診断は摘出した組織、細胞を顕微鏡で観察して最終診断が下ります。その診断に最も大きな影響があるのは、世界保健機構(WHO)から出版されている病理診断の教科書です。従来は組織や細胞の形態、染色の具合を中心に診断されていました。しかし、2016年に改訂版が出て、大きな衝撃が走っています。これまでの診断法と大きく変化し、細胞の遺伝子変化を中心とした診断法に大きく様変わりしたからです。その診断によって、術後の治療法や予後などが大きく変わってくる可能性があります。今後はこうした診断で治療に取り組まなければなりません。

悪性脳腫瘍を代表する「神経膠腫」

診断からテーラーメイド治療まで

悪性脳腫瘍の代表が神経膠腫です。従来は最も良性をグレード1、最も悪性をグレード4として分類していました。こうした分類ももちろん今でも使われますが、先に述べましたように遺伝子の観点からさらに細かく分類されています。手術はこれまで通り行いますが、遺伝子診断によって、術後の治療を詳しく検討していく必要があります。テーラーメイドと言って、それぞれの診断によって今後術後の治療を変えていく必要があるかもしれません。

最近悪性神経膠腫の治療で注目されていることは、グレード4と診断された悪性神経膠腫でも手術でできる限り、可能なら全部切除することで長期生存が期待できるようになってきました。これまでは長期生存が期待できなかったグレード4の神経謬腫でも5年生存率が議論される時代となっています。もちろん腫瘍が発生する部位によって切除できるところと切除すると大きな障害を残し切除できない部位がありますが、手術中の様々なモニタリングを駆使して可能な限り摘出を心がけます(図1)。

術前の検査ではMRIで運動線維が走行する部位を同定しておき、術中モニタリングで運動誘発電位を用い、手術操作でマヒを起こしていないか確認しつつ手術を進めます。また神経ナビゲーションで腫瘍の位置を正確に捉え、これを囲むようにして可能な限り切除します。手術直前にある薬を内服してもらいますが、この薬の成分が腫瘍だけに取り込まれ、手術顕微鏡から一定の周波数を持つ光を出し、腫瘍を摘出した部位に当て光らせます。腫瘍細胞が残っていると、その部分が赤く光り、まだ腫瘍細胞が取りきれていないことが判断できます。そこでこうした光る部分も可能な限り切除します。このような手術法で最大切除がかなり可能になってきました。

悪性腫瘍に対しては、このようにして最大限の切除を試み、術後の遺伝子検索を含めた病理診断でその後の治療法を検討します。神経膠腫の治療は手術、複雑な病理学的診断、それに基づく放射線治療、抗がん剤による治療は一連のものであり、単独の施設で治療が完成することが望ましいと考えます。

頭蓋底腫瘍の診断と治療は解剖学が必要

手術は日頃からのトレーニングが重要

髄膜腫を中心としたある種の腫蕩は頭蓋骨の底(頭蓋底)によく発生します(頭蓋底腫瘍)。良性腫瘍が多いですが、悪性腫瘍も発生します。脳の底(脳底部)や頭蓋底の骨には重要な神経や血菅が複雑に走行しています。こうした腫瘍は頭蓋底にある神経や血管を巻き込んだり、圧迫したりして発育します。頭蓋底腫傷を外科的に切除するためには、頭蓋底の骨を十分に削除する必要がありますが、そのためには重要な組織の解剖をよく理解していないと手術はできません。かなり高度な手術テクニックが必要になります。そのためには日頃からモデルを用いて頭蓋底の骨を正確にドリルを用いて削除するトレーニングが必要です。頭蓋底にある神経や血管は高性能なMRIで特殊な撮り方をするとその走行がよく分かります(図2)。手術前にその画像をよく検討し、どこに神経や血管があるのか十分理解した上で手術に望む必要があります。また、手術中の種々のモニタリングが必須不可欠です。視神経を守るための視覚誘発電位、脳幹や聴カを守るための脳幹誘発電位、運動神経を守るための運動誘発電位、感覚を守るための知覚誘発電位、顔面神経などを刺激する神経刺激装置などが必要です。それに加え、顕微鏡下で血管の走行や開存を見る装置や神経ナビゲーションなどです。腫瘍ができている部位に応じてこうしたモニタリングを使い分け、安全に手術ができるように努めなければなりません(図3)。

しかし、手術中モニタリングが全てではありません。先に述べたように、安全で確実な手術を行うためには複雑な頭蓋底の解剖の理解と日頃からの顕微鏡下のトレーニングが何をおいても最も重要です。

『肺がん』進歩する治療の現状

進行が早く転移しやすい「肺がん」

診断に基づく個別化治療の現状

肺がんは、自覚症状などで胸部レントゲンで見つかったときには比較的進行して転移もしていることが多く、早期発見が重要です。CT検査ではより早期に発見できるため、外科手術で根治が期待される患者さんをより多く見つけることも可能です。

肺がんの種類は小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別され、非小細胞肺がんの中にはさらに腺がんや扁平上皮がんなどがあります。小細胞肺がんのほとんどが喫煙歴があり、進行が非常に早いのが特徴です。非小細胞肺がんのうち、扁平上皮がんも喫煙と密接に関わっていますが、腺がんは喫煙歴のある方以外にも、特に煙草を吸わない女性に増えてきています。

小細胞肺がんと非小細胞肺がんでは治療法が大きく異なるため、まず肺がんの中でもどの種類のがんかを診断してから、遺伝子変異を調べて、それから治療戦略を立てていきます。いわゆる個別化治療です。最近では抗がん剤の進歩と同時に診断方法も急速に進歩しており、患者さんにとっては重要な情報を、より低侵襲で評価してもらうことができる時代になってきたといえるでしょう。

注目される分子標的薬や免疫療法

他の診療科とのチーム医療の必要性

抗がん剤の進歩には目覚ましいものがあります。従来の抗がん剤治療は点滴治療のイメージが強いと思いますが、遺伝子変異を標的とした分子標的治療薬は飲み薬で、働きながらでも治療を続けられることが多いのが大きな特徴です。

また、これらの治療薬が効かなくなる薬剤耐性をもってしまったがん患者さんに、別の分子標的治療薬を使う治療の選択肢もあります。

免疫療法では、従来とは全く違う新しい治療戦略の薬剤である免疫チェックポイント阻害薬が使用可能となりました。人間の体はもともとがん細胞を認識して攻撃する能力が備わっていますが、がん細胞は巧みに自己の免疫を回避しています。従来は自己免疫そのものを活性化させようとしていましたが、免疫チェックポイント阻害薬は、がんが自己免疫にブレーキをかけているのを外して抗がん作用を発揮するという考え方です。今後は、さらに画期的な免疫チェックポイント阻害薬も登場するのではないかと期待されています。

こうした薬剤の進化と、吐気や感染症などの副作用のコントロールも含めた総合的な上手な治療管理が、肺がん患者さんの寿命の延長に大きく貢献しています。分子標的治療薬ではこれまで、皮膚や消化器、呼吸器系の副作用が知られています。また、従来の抗がん剤は比較的副作用が予想しやすかったところがありますが、新しい免疫チェックポイント阻害薬に関しては、いつ、どのような副作用(自己免疫疾患)が起こるか予測ができません。副作用で重篤な状態になり得ることもあるため、特に副作用対策には病院をあげて、より緊密なチーム医療が必要となります。

早期発見・治療の重要性

特に重喫煙者は定期的なCT検査を

CT検査は肺がんを早期で見つけるためには非常に有効です。喫煙者は、ある程度の年齢になったらレントゲンだけでなくCT検査を積極的に受けていただきたいと思います。特にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や間質性肺炎などの病気がある方は肺がんにかかりやすいので、定期的なCT検査をおすすめします。

現在は、チーム医療に関わる先生のいろいろな意見を合わせて、一人ひとりの患者さんに対し、病気になった後の人生の送り方といったことまでを含めて、どのような治療が最もいいかを様々な治療法を提示して一緒に検討しながら、その患者さんにとっての最適な治療法を決めていきます。肺がんは非常に暗いイメージを持たれがちですが、早期発見できれば、それだけ治療の選択肢も多いので、怖いから検査を受けないのではなく、ちゃんと検査して安心するか、出来る限り早く見つけたほうがいいと考えるようにしてください。選択肢が広がれば、より希望に沿った個別化治療が可能となると思います。

肺がんに対する正しい知識を持ち、様々な方面から総合的に治療戦略を立ててくれる専門施設がたくさんありますので、ぜひ有効に活用していただき、不安なことがあれば早めに相談していただきたいと思います。